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武蔵音ファンクラブ

武蔵音(むさしのん)ファンクラブ

このコラムはSTUDIO LEDAスタッフによる、毎回独自のテーマを設けてお気に入りの音楽や映画や本等を紹介してゆくコーナーです。

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第十回「アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ」(1/2)

何が彼らをかき立てるのか?

こんにちはお元気ですか。風邪などひいていませんか?今回の武蔵音ファンクラブはレダスタッフのSUZUKIが担当します。

あるときスタッフの間でポール・マッカートニーとミック・ジャガーについて話題になったことがあります。
「なぜポールあれだけ成功して年を取っても、お客さんがつい踊ってしまうことだけのためにあんなに汗だくになれるのか?」
「なぜミックジャガーはグラミー賞授賞式のたった一曲の出番で会場をあんなに最高に盛り上げることができるのか?そのための努力を惜しまないのか?」

お金のため?いやいやもう十分でしょう。
名誉?成功のため?もう十分でしょう。

何が彼らをそうさせるのでしょう?

音楽の神様の使者

この答えを探し出すと話が長くなりそうなので割愛するとして、ある意味その答えに近づくために、そしてある意味かけ離れるために、一人のアーティストを紹介したいと思います。

ミュージシャンとは本来こういう存在ではないのかという最も象徴的なアーティストであり、
シャーマン(音楽の神様の使い)のような存在のシンガーソングライター、バンド。

アントニー・ヘガティ率いる、
Antony & The Johnsons(アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ)

 

簡単なバイオグラフィ

アントニー・ヘガティはイングランド南東部に位置するサセックス地方の町チチェスターに生まれ、その後アムステルダムに、さらにカリフォルニアのサン・ホセに移住。地元の大学に進学した10代の終わり頃には、ジョン・ウォーターズの映画を元にした舞台劇を演出する。ニューヨークに移り前衛的なパフォーマンス・グループを結成し、NYのアンダーグラウンドなクラブシーンで注目を集める。グループ解散後は、演劇性を残しつつもより音楽に傾斜した新たなグループ、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズを率いて活動。2000年、デビュー・アルバムを発表。その後ルー・リードの世界ツアーでバッキング・ヴォーカルに抜擢され、アルバムにも参加。2005年発表のセカンド・アルバムは英国最高の音楽賞とされるマーキュリー・プライズを受賞。MOJO誌の「アルバム・オブ・ジ・イヤー」にも選出された。ビョーク、ルー・リード、ルーファス・ウェインライト、ブライアン・フェリー、マリアンヌ・フェイスフル、Hercules and Love Affair 、マシュー・ハーバート、ヨーコ・オノ、ローリー・アンダーソン等々、様々なアーティストとコラボレーションを行っている。

リアルな表現とは=「死」を根底に感じる表現=アントニーの歌

アントニーの歌を聴いていると何というかこの世というよりあの世のものに感じてしまいます。
「死」と向き合っていようが、向き合っていまいが、「死」を受け入れていようが、無視していようが、「死」ほど絶対的な事実はないと言えます。物事に100%と断言できるものは存在しないとしても、「死」だけは誰に対しても100%訪れると断言できる現実。 アントニーの歌を聴くと「死」というものをイメージしてしまうし、それと対(つい)になる、「生」または「希望」または「救い」あるいは「性」というものも同時に感じます。

 

ただならぬオーラ

アントニーの歌との出会いは忘れられません。 5年くらい前、英国の人気音楽番組「ジュールズ倶楽部(Later... with Jools Holland)」をテレビで何気に観ていてふいに登場したアントニー。司会者に紹介された時の佇まいだけで、歌い出す前のただならぬオーラだけで画面に吸い込まれるように見入ってしまいました。衝撃的で強烈に心惹かれました。感動して鳥肌が立ちました。

ニーナ・シモン

アントニーとニーナ・シモンを比較する人もいるようです。なるほど言われてみればという感じです。ニーナ・シモンも僕は大好きで、伝記も読んだりして彼女の生き方にとても影響を受けています。アントニーとニーナに共通するのはソウルの部分、ジャンルとしてのソウルでなく、文字通りのソウル=魂の音楽というところ、それに美意識でしょうか。そしてジャンルレスな音楽、歌声がきわめて中性的なところも共通しています。

<続く>